甘春堂について

 当甘春堂は古く大仏正面に和菓子造りの暖簾を守る老舗でございます。その家歴は遠く方広寺大仏造営の頃より、当家の庭先の古藤と共に歴史を歩んできた旧家でございます。神社仏閣とのつながりも古く「豊国神社」「旧六条御所」など伝統菓子の御用達をも務めてまいりました。

 初代藤屋清七が慶応元年(1865年)創業以来今日、六代目に至っております。代々、伝統の技術を暖簾に伝えながらも各代得意なものに、その生涯をかたむけ独特な趣を育ててまいりました。創作菓子に力傾けた二代目(徳兵衛)、煎餅技術に心奪われた三代目(金次郎)等、各代堂主は今もめずらしい菓子の数々を後代に伝えております。そして今、当代に至りこれまで歴代の堂主が残した数々の逸品のなかに、今は失われ忘れ去られた製法技術のもの、あるいは門外不出の家伝のものを敢えて今日の技術とうまく融合させ世に問うべくすでに数点商品として出させていただきました。

 良質の原料、そして水、四季様々の織り成す自然の歳時記。京菓子が育つに十分な、そんな京都という恵まれた土地柄を生かし、伝統を壊すことなく真心のこもった菓子作りに精進、努力致したく、今後とも伝統菓子、創作菓子共々、甘春堂をお引き立て下さいます様、よろしくお願い申し上げます。

堂主敬白

初代 <江戸後期>藤屋清七が現在地(川端正面角)で京菓子業を営む。
二代 <慶応元年>徳兵衛が京菓子甘春堂と名して、当地で数多くの創作菓子を作る。
祝菓 茶寿器(ちゃじゅのうつわ)
三代当主が野菜せんべいを作る。銘菓「菜々」(さいさい)ができる。
四代当主が上生菓子を作り、社寺仏閣に茶菓子を御用達する。
五代当主が和生菓子を修得。戦後一時製造を中止するが、その後、京菓子甘春堂の和菓子全般を作ることができる現在の製造基礎を完成する。銘菓 豊太閤(豊国神社御用達菓子)
六代〈現在〉早くから職人育成に力を費やし、職業指導員免許を習得して、伝統を壊すことなく、新しい感覚と技術で真心のこもった菓子作りに精進、努力致しております。
平成二十七年二月 京都府知事より 「京都府の現代の名工(和菓子製造)」を受賞

【お客様へ】
当店の直営店は甘春堂 本店(川端正面角)、東店(豊国神社前)、嵯峨野店(清涼寺前) の3店舗です。

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